非論理的で飛躍的な発想は?

こんにちは。

今回お送りする過去のメルマガは、

2017年5月30日配信「非論理的で飛躍的な発想は?」です。

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おはようございます!ファイナンシャルDr.北川です。

先週は、初めて福井県に行ってきました。
そこで、曹洞宗の大本山である永平寺を訪れてみたのです。
永平寺で特徴的なのは、日本一ともいわれる修行の厳しさです。
現実の修行僧のお姿も拝見しましたが、
動画で見た修行僧の1年間の記録が強く印象に残りました。
修行のため上山する僧侶は、山門前で先輩僧にしつこく拒まれます。

「何をしにきたのだ?」
「なぜ、ここ(永平寺)でないといけないのか?」
「他の寺でもいいのではないか?」

などと、嫌がらせのような質問を浴びせかけられて、
真冬の寒い山門の前で、2時間近くも、足止めを喰らうのです。
もし、自分だったら、もうそこで諦めて、山を降りてしまうかもと思いました(笑)。

この問答が、実は禅問答の始まりでした。
修行が進むにつれて、問答はいよいよ難解となり、
1年も経つと、理解不能な禅問答へと進化します。
そもそも、禅問答とは、何をいっているか分からない
ような問答を指すたとえとなっています。
しかし、本物の禅問答には、もちろん意味があります。
意味がなければ、何百年も生き残るわけがありませんから。

禅問答の有名な一例を、碧巌録という仏教書から引用します。
馬祖が弟子の百丈と歩いていると、野原から野鴨の一群が飛び去つ。
それを見た馬祖が、百丈に尋ねた。
「あれは何だ」
「野鴨です」
「どこへ飛んでいったのか」
「わかりません。ただ飛んでいったのみです」
答えを聞いた馬祖は、いきなり百丈の鼻を強くつまみあげた。
「痛い!」
「なんだ、飛び去ったというが、野鴨はここにいるではないか」
百丈は悟りを開いた。
この禅問答から、何を学べるでしょう?
自分には、よく分かりません。
しかし、なんとなく分かる気もします。
この、なんとなくという所が、実は大事ではないかとも思います。

私たちは、頭でっかちの世界に生きています(特に自分は)。
すべてを論理と理屈で固めた、一つの世界観の中に生きています。
しかし、別の世界観から見れば、それは虚像や妄想であることも多いのです。

論理でなくて感性で考える。
飛躍した非連続の方が、真実に近いときがある。
ときには思考をひっくり返して、思い込みの真逆で考える。
たとえば、今が不景気と思ったが、実は好景気ではないか。
今は不運だと思っているが、実は幸運なのではないか。
自分は嫌われ者と思っていたが、実は尊敬されていたのではないか。

こんな不思議な疑問を、投資の世界に引き直せば、こんな自問自答がありえます。
日本株は売りだと思っていたが、本当は買いではないか。
今は円安と思っているが、後世から見たら超円高かもしれない。
トランプは悪魔だと思っていたが、本当は英雄ではないか。

スランプに陥っていたり、万事がうまくいかないときには、
観念や常識をひっくり返して、真逆の結論を信じてみる。
それで、停滞を突破できることが、確かにあります。

今日も、最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
皆さんが、本当の自分を発見できますように!

 

北川邦弘公式ブログ運営スタッフより***************

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