京都から続報、日本人の死生観を思う

20090418072118.jpg清水寺の長い坂をきょうは走りきりましたあ。写真が定番の清水寺の絵でないのは100円足りなくて拝観料を払えなかったから。有料ゲートの外から撮りました(悲哀)。ついでに祇園からまた建仁寺を回ってホテルに帰還。建仁寺ではきのう僧侶がお勤めをしていたお堂の門が閉まっていました。今はお寺も週休二日のかしらん。

最近、お客様と面談していて気になることがあります。それは自分が死ぬときを決めている人がけっこういるのです。「90歳で死ぬと思う」、「80歳までは生きないだろう」あるいは「きっとガンで死ぬと思う」とまったく健康な人がライフプランの中で語るんです。まあ、長い闘病で苦しむのは嫌だとか、老いさらばえて惨めな姿をさらしたくないという気持ちは、分からないではないんですが、でも本当に難病で苦しんでいる人や生きたくても命が限られている人たちからみらたら、なんともぜいたくな話です。あるいは仏さんから見たらごう慢と叱られないでしょうか?自分は与えられた寿命を最期までまっとうしたい。できれば元気で人生を楽しんでいたい!だって、人は生かされているんですから。

なにやら説教じみてしまってゴメンナサイ。これも京都の空気のせいなのかな?

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